なぜ今、モダナイゼーションなのか?~エンジニアを悩ませる「技術的負債」からの脱却

Red Hat コンサルタントの金子です。「アプリケーションモダナイゼーション」に関連する記事の第2回目となります。 この記事では、"技術的負債"がどのような影響をもたらすのかを具体例を用いながら見ていけたらと思います。

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はじめに

企業のIT部門や事業部門の皆様は、日々の業務の中でシステムの「重さ」や、変化するビジネス要求になかなか追随できない「もどかしさ」を感じているのではないでしょうか。新しいサービスを迅速に立ち上げたい、既存の機能を改善したい、といった際に、予期せぬ時間やコストがかかり、計画通りに進まないことも少なくないかもしれません。本連載では、この「システムの重さ」や「ビジネスの変化への追随の難しさ」といった課題の根本原因を探り、それを解決するための「アプリケーション・モダナイゼーション」について、技術的な側面から深掘りしていきます。

エンジニアが直面する技術的負債

なぜ既存のシステムは「重く」、変化への対応が難しいのでしょうか。その背景には、長年の運用の中で蓄積されてきた「技術的負債」があります。技術的負債とは、過去の意思決定や時間の経過により、システムの保守性や柔軟性が損なわれ、将来的な変更や機能追加、あるいは日々の運用・保守に余分なコストや手間がかかる状態を指します。特に、老朽化・複雑化したシステムには、この技術的負債が色濃く現れがちです。そして、その最前線で奮闘している現場のエンジニアの皆様こそが、この技術的負債が引き起こす様々な具体的な問題に日々直面しています。 技術的負債は、開発、基盤、運用、セキュリティといった様々な領域に根深く存在し、互いに影響しあっています。皆様の現場でも、以下のような状況に心当たりがあるかもしれません。

開発における負債:変更を恐れるコードとプロセス

システムの柔軟性を最も損なうのが、開発プロセスに潜む負債です。

  • システムのブラックボックス化:コードの可読性が低く、内部ロジックが複雑怪奇になっているため、少しの回収でも影響範囲の予測が困難となります。
  • 自動テストの欠如:変更を加えるたびに手作業での膨大な回帰テストが必要となり、開発のリードタイムを増大させ、品質の低下を招きます。
  • 非効率なリリース作業:ビルドやデプロイのプロセスが自動化されておらず、リリース作業そのおのが一つの危険なイベントになっています。

基盤における負債:変化を拒む「塩漬け」の土台

アプリケーションが稼働する土台そのものが、変化の足かせとなります。

  • OS・ミドルウェアの陳腐化:サポートが切れたOSや古いバージョンのミドルウェアを使い続けており、最新技術の恩恵を受けられないだけでなく、セキュリティリスクを抱えています。
  • スケーラビリティの限界:物理サーバーの老朽化やアーキテクチャの制約により、ビジネスの要求に応じた迅速なリソース拡張ができません。

運用における負債:手作業と属人化の温床

日々の安定稼働を脅かすのが、運用現場の負債です。

  • 業務の属人化:特定の担当者しか知らない運用手順やバッチ処理が存在し、その担当者の不在がサービス停止に直結するリスク(Single Point of Failure) を抱えています。
  • 非効率な手作業:システム間のデータ連携などを手作業で行っており、ヒューマンエラーの温床となっています。
  • 形骸化した監視と障害対応:障害発生時の原因特定や復旧のノウハウが共有されておらず、対応が後手に回りがちとなります。

セキュリティにおける負債:見過ごされたサイバー攻撃の脅威

直接的に企業の信頼を揺るがすのが、セキュリティ上の負債です。

  • 既知の脆弱性の放置:サポート切れのソフトウェアを利用し続けることで、既知の脆弱性が修正されないまま放置され、サイバー攻撃の格好の標的となります。
  • 不適切なアクセス管理:手動による管理などを多なっていると意図せず退職者のアカウントが残っていたり、必要以上の権限が付与されていたりするなど、基本的なアクセス管理徹底がされていない可能性があります。

技術的負債がもたらす影響

これらの技術的負債は、システムが「継続的に更新可能なアーキテクチャになっていない」という根本的な問題に直結しています。保守や変更が困難な構造になっているため、新しい機能の開発や既存機能の改修に膨大な時間とコストがかかります。その結果、開発からリリースまでのリードタイムが増大し、システムの変更に伴うリスクも高まってしまいます。これは、企業のIT部門や事業部門が、ビジネスの変化に迅速に対応することを妨げる大きな足かせとなります。

なぜ今、モダナイゼーションが必須なのか

こうした状況から脱却し、変化への対応力を高めるために、今、多くの企業でアプリケーション・モダナイゼーションが必須の取り組みとなっています。他社の動向や市場のトレンドを見ても、この動きは明らかです。Red Hat による調査結果によると、企業のアプリケーション責任者の95%が、自身の組織のアプリケーションのモダナイゼーションが必須であると考えている、というデータもあります。

https://www.gartner.com/document/4021775

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GartnerのVPアナリストであるRichard Watson氏も、この現状を指摘しています。同氏は、「多くの企業では、既存アプリケーションの規模と技術的負債のため、新規アプリケーションのモダンな開発よりも既存アプリケーションのモダナイゼーションを優先している」と述べています。さらに、「既存アプリケーションの数は、毎年構築される新規システムの数をはるかに上回る。この不均衡は、企業が新規構築よりもアプリケーションの最新化に多くの費用を費やす必要があることを意味する」とも語っており、既存システムの変革が避けられない喫緊の課題であることを示唆しています。

モダナイゼーションの技術的な目標

アプリケーション・モダナイゼーションの技術的な目標は、まさにこれらの課題を解決することにあります。ブラックボックス化や属人化を解消し、非効率な手動作業を減らすことで、保守性が高く、継続的に更新可能なアーキテクチャを目指します。これにより、開発・運用のリードタイムを短縮し、変更リスクを低減させ、ビジネス要求に俊敏に対応できるIT基盤を構築することが可能になります。

おわりに

本記事では、システムの「重さ」やビジネス変化への追随の難しさの背景にある「技術的負債」に焦点を当て、なぜ今アプリケーション・モダナイゼーションが必須の取り組みとなっているのかを解説しました。 ブラックボックス化、属人化、そして非効率な手動作業といった技術的負債は、開発や運用のリードタイムを増大させ、システムの継続的な進化を阻む大きな足かせとなります。これらの課題を解消し、保守性が高く、継続的に更新可能なアーキテクチャを目指すことが、モダナイゼーションの技術的な目標です。 では、いざモダナイゼーションを始めようとしたとき、具体的に自社のシステムはどのような状態にあるのか、そして、どこからどのように着手するのが良いのでしょうか? 次回の記事では、モダナイゼーションを成功に導くための重要なステップとして、現状をどのように評価し、具体的な進め方をどう計画していくかについて、さらに掘り下げて解説します。

* 各記事は著者の見解によるものでありその所属組織を代表する公式なものではありません。その内容については非公式見解を含みます。